秋の日記

主にNEWS関連になるだろう雑記。

きっと他の誰かにとっては、毒にも薬にもならないブログなのです

正確に数えた訳じゃないから果たしてこれが本当なのかわからないけど、この記事で300個目の記事になるらしい。

別に意図したつもりは一切ないが、2023年3月3日に300個目になるというのは3に縁があって面白いし、『私ってばNEWSにハマってからそんなにも色々と書いてきたんだなぁ……』ととても感慨深い。

 


NEWSを好きになったのはまだまだ最近のことで自分のことを新参者だとそう思っていたが、2018年12月5日からNEWSのことを好きになったので、気付けばNEWSファン歴はもう今年で5年目になる。

それをこの前友に話したら「それはもう新参者じゃないよ」と言われた。確かに。

いつの間にかこんなにも時間が経っていたことに驚いたし、NEWSファン歴5年目を迎えた話を聞いてくれた友からは「最初秋ちゃんがNEWSにハマったって聞いた時、きっと一時的なものだって思ってた。声優のSさんとかNさんとか一時期めちゃくちゃ好きだったじゃん?それと同じ感じだと思ってた」と、私が二次元好きのオタクだということや私の性格を知っているからこそ、友は私が三次元にここまでハマり続けるとは思ってなかったみたいだ。

わかる。私も同意である。まさか自分がここまで何かに長い間ずっとハマり続けるとは思ってもいなかった。元来熱しやすくて冷めやすい性質で忘れっぽい上にとっても飽き性。だから興味のあるものは多いけれど、そういう物に対しては軽く触れる程度。触れたり理解したりしたらもうそれで満足して、あとは興味が無くなるかどうでもよくなるかのどっちか。常に広く浅くぐらい。

だけど熱されている時(熱中している時)の熱量はエグくて大抵周りが見えなくなる。"何がなんでも"という我の強さや強欲さがあるから、思考も行動も割と過激になる。

(今、例えば話を考えた時にちょうど去年の夏頃のメモが出てきたw↓

1ヶ月ぐらい前から友と山梨へと桃のデザートを食べに行く話をしていたが、友が体調不良になった事でその予定はなくなった。ちょうど職場に居る時にその連絡を見たことで、ポロッと私は職場の人に「友達と山梨に桃食べに行く約束してたんですけど、体調悪くなったみたいでその予定なくなったんですよね……」という話をした。私はその友と桃のデザートを食べに行くのを前々から楽しみにしてたから結構ショックを受けてて、別に誰かに言う必要がない話だったんだけど思わず言ってしまった。そしたら「(今蔓延してるし)2週間前だったら良かったのにね」というようなこと言われ、内心だいぶモヤッた。『何言ってんだ?』と。私の中で桃の旬は7月下旬頃だと思ってるから2週間前じゃ早いし、その頃に予定立てる訳がない。あと、その友とは山梨に桃のデザートは食べに行けなくなったが、どうしても山梨に桃のデザートは食べに行きたいから、今蔓延してようが何だろうがどちらにせよ山梨には桃のデザートを食べに行くぞ?と。なんというか、消極的な考えに私はモヤッた。だって桃の旬は今だし、今しかないし、桃と言えば山梨だし、友と行けなくなったとしても蔓延してるとしても、そういう色んなことを考えても諦めるに値しない。『どうやったら行けるか』を考えて考えて考えまくる。その結果無理そうなら最終的には諦めるしかないかもしれないけど、そんな段階じゃない。)

そんな私だったけどNEWSに関しては全然違かった。NEWSに熱中はしているけど職場のNEWSファンの人のおかげで心に余裕があったし、NEWSに対しての熱が決して一時的なものじゃないことをハマった当初から感じていた。

あと、いつからか私は『NEWSとは運命だ』とそう思うようになったしそう言うようになったが、NEWSを好きになってから4年以上の年月が経ち、このことについて改めて思うが、『やっぱりNEWSとは運命だわ』。

果たしてこれは私が超絶ラッキーガールなのか、無理矢理運命へと仕立て上げたのか、それとも本当に運命だったのか、この答えは神のみぞ知る事柄だけれど、私とNEWSは間違いなく運命である。

 

もう何度も書いてるけど、NEWSにハマる少し前まで辛かったんだよね。

元々私は何の変哲もないただのオタクで、常に振り切れないタイプの中途半端なオタクだった。自分を捧げる程好きな作品も好きなキャラクターもなく、その時旬の漫画を齧り、放送中のアニメを視聴するぐらいのお茶の間オタク。でも毎日楽しかったし、オタ活は私の生きがいの1つだった。

だけど歳を重ねるにつれてアニメ漫画離れが始まり、味覚や考え方や嗜好が変わっていき、そんな変わっていく自分が嫌だった。どんどん自分が自分じゃなくなっていく気がして、私が知っている自分じゃなくなっていくことが怖かった。

別に、完全に無理になった訳じゃなくて、"アニメ漫画を楽しいと思えなくなったなぁ" "なんか甘い物苦手になったなぁ"ぐらいだったから普通に楽しかったし幸せではあったんだけど、どこかスッキリしない毎日だった。

そうやってぼんやりとした不安がずっと付き纏う日々の中で、色んなキッカケによってNEWSを見る機会が増えていき、私はNEWSと出会うことができた。そして私の心に居座り続けていたぼんやりとした不安はいつの間にかNEWSに出会ったことで綺麗さっぱり取り払われており、NEWSのおかげで私は救われていた。

あんなにも変わっていく自分が嫌だったのに、目に見えてNEWSによって変わっていく自分をストンと受け入れられるようになってたし、そうやって変わっていく自分を『面白い』とか『楽しい』とも思えるようになった。

なんかもう今ではNEWSの居ない人生なんて考えられない。あの苦しかった日々の中でNEWSに出会うことができて本当によかったけど、もし出会えてなかったらを考えると胸が苦しくなる。

生きがいがよくわからなくなって途方に暮れていたあの時の私がもしNEWSに出会えてなかったら、一体どんな未来を迎えていたんだろうな。良くも悪くも、今の私とは全然違う私がそこには居るんだろうけど、どんな未来にせよ、自分である以上は幸せで居てほしい。

だけどきっと、どんな未来に進んでいたとしても、今の私よりは幸せではないだろうな。だってNEWSのおかげで確実に私の世界はどんどんと広がっていってるし、今までの人生よりもさらにさらに楽しいものになっている。

NEWSにハマり手越さんが推しになったことで、行動の幅や思考の幅も本当に広がった。前々から旅行は好きだったけど、コンサートや舞台目当てで遠征に行くようになるとか昔の自分では絶対考えられなかったし、漠然と思っていたことが実は間違いであったことや今まで知らなかったことをNEWSを通してたくさん気付くことができた。

NEWSに出会えて良かったし、この道を選んだことは正解だった!と胸を張ってそう言える。

 

 

そもそもなんで私がブログ(日記)を始めたのかというと、ただ単に私が私を喜ばせたかったから。

常に今の私は、『こんなこと思ってるよ!』『こんなことしてるよ!』って未来の私に向けて色んなものを書き綴っている。

どこまでも自己中心的でどんだけ自己愛の強い奴なんだと笑ってしまうが、私は本当に面倒くさい奴だから、誰かの為を思うと直ぐに承認欲求が爆発しちゃうんだよね。見返りや反応を求めてしまう。

だから私は私の為を貫いている。"未来の私が見返した時に楽しんでもらう為" "今の私が抱えている悩みを軽くする(吐き出す)為" "忘れたくない私の記憶を残す為" "私の思いや考えを形にする為"、そういう思いであれこれ書き綴っている。

でも本当はそれだけじゃなくて、いつかどんなタイミングでもいいから、私が書き綴ったものが誰かに届けばいいなと願っていることも本当。"たまたまここのブログ(日記)を見た誰かに喜んでもらったり楽しんでもらったり笑ってもらったり共感してもらったり、……どんな形でもいいから誰かに届いてたらいいな"って。だけどそれぐらいの気持ちだから超身軽。

『書かなきゃ!』って使命感はなく、負担なく書き続けていた結果いつの間にか300個に到達していた。

まぁな、昔から『私はこんなことを思った!』みたいに自分の考えや思いを表現することは好きだったし(我が強いからむしろ「私の話を聞いてくれよ!!」タイプだし 笑)、決して上手くはないけど書くことが嫌いじゃないから、そういうあれこれが良い具合に相互作用されて今に繋がっているんだろう。

あとはNEWSちゃん達が魅力的だし、NEWSが最高だから私の思いは日々溢れ出して止まらなくなる。友曰く、私は何年経っても手越さんやNEWSへの熱量が変わっていないそうだ。多分それは、私が毎回彼等に惚れ直しているからである。

彼等がずっとキラキラと輝き続けてくれてて、常に魅力的でカッコよくて可愛くて天才的で最高で宇宙一で、そんな彼等だからこそ、私は何度だって惚れ直している。

 

 

 

今もずっとNEWSは私の心を掴んで離してくれない。だからこそ、常に思いが止まらずいつの間にか300個へと到達。